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2018年2月20日 (火)

台中公園part3 公園内を気ままに散策

2018年 台湾の旅 台中にも行ってみました編 その24

更に園内を歩いていると、植えられて間もない・・・

Cimg8928 苗木が数本と案内板

案内板には・・・

日台友好の翼
日本国・東日本大震災(2011年3月11日 14時46分発生)の被害に対して、多大なるご支援を賜った台湾国民の皆様に、深甚なる敬意と感謝を表するために、チャーター機にて125名が訪台し梅と桜を植樹し、この梅と桜が日台友好の懸け橋となることを念じた。
2012年3月24日 台中公園にて 

梅の花が数輪咲いていましたCimg8932

Cimg8934 Cimg8933

(左)日本統治時代、住民に放送する時、拡声器を使っていた時の名残だそうです。(右)「幸福城市」と書かれた碑

Cimg8935 その奥には・・・

国父 蒋介石の像 Cimg8936 更に歩くと・・・

Cimg8937 Cimg8938

小高い丘・・・ここは砲台山と呼ばれる場所です。案内板によると・・・

東大墩山丘の砲台山は、清朝の総兵(官職名)だった藍延珍がここに砲台を2基設けたためにこの名がついたそうです。台中の古名「大墩街」もこれに由来しているそうです。(右)砲台山から流れる滝・・・

Cimg8939 その先の池には蓮の花

歩いていると・・

Cimg8943

やたらでっかい・・・山羊の像!中華民国九十二年(2003年)未年に台中で初めて催された台湾ランタン祭りを記念してつくられたそうです。

どの位でかいかと言うと・・・Cimg8941

土台横の傘を見てもらえばわかってもらえると思います↑

Cimg8944 春節に合わせてでしょうか・・

移動遊園地の設営中でした。

Cimg8945 丘の上の東屋

望月亭と言うそうで・・・Cimg8946

もともと、台中城建城当時当時に北大門上に設けられた楼閣だったそうです。掛けられている扁額は清朝時代のもので「曲奏迎神」と書かれています。これは「音楽で、災いをなす霊などを鎮めた」という故事に由来するそうです。

Cimg8948 更楼

更楼は1880年代に建築され、台中城建城当時は財務総管である呉鸞旅の公館として使用されていました。後の1980年代に道路拡張の関係で、台中市はこの建物を園の北側に移転させたそうです。

つづく

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