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2017年10月28日 (土)

佐賀城本丸歴史館 3

2017年 佐賀ドライブ part22

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屯之間方面へ廊下を歩く・・・。こんな静かな空間でもスマートフォンで大声で話す女がいたりしてガックリ来る・・・

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縁側に出て庭を見てみる。工事のブルーシートが掛かっていたりして、ちょっと残念。廊下を進んだ先の部屋の床の間に・・・

Cimg6737 変わった感じの生け花

ひょうたんを使った生け花なんて初めて見た!(笑)

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その奥のお部屋は、少し感じが違う。御座間・堪忍所(佐賀県重要文化財)

天保九年(1838)十八代藩主島津直正によって建設されて使われていた物を、一時移築された後、本丸御殿建設に伴って再度元の場所に移築されたそうです。柱などの部材は使えるものはそのまま使っているそうで・・・どうりで年季が入っている!

順路を戻ると、特別展示室があって「1867年パリ万博と佐賀藩の挑戦」の展示がありました。(撮影禁止)

Cimg6742 この先廊下沿いの展示

幕末・維新期の佐賀を紹介しています。(一部撮影禁止)

輸出向け陶磁器 Cimg6743

19世紀ヨーロッパでは日本的な絵柄の陶磁器が好まれ、佐賀藩では武器を購入する際、その代価に有田焼などの佐賀藩の特産品を納めるしくみをとっていたそうです。

Cimg6745 神ノ島・四郎島填海工事図

佐賀藩は長崎の警備を担っていたので、長崎港を守るため伊王島、神ノ島に砲台を築くことにした。その一環で1851~52(嘉永4~5)年の1年をかけて神ノ島と隣の四郎島を埋め立てて一つの島にした時の工事図です。

建物と機関車の模型が・・・Cimg6748

築地反射炉蒸気機関車雛形 佐賀藩は日本初の反射炉を建設し大砲を生産したり、いち早く蒸気機関車の研究を行って日本の近代化に貢献したそうです。

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(左)金武良哲が作った顕微鏡 (右)江戸時代の種痘の道具

Cimg6756 直正公嗣子淳一郎君種痘之図

当時、天然痘がどうのとか種痘がどうのとか訳がわからなかった時代だろうに・・・発見されてそんなに時間のたってない種痘を、世継ぎの若殿に受けさせるとは・・・直正公とは、なかなか思い切った殿様だ!

つづく

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