ぴろQ今月の一本!(6月)
今月もなかなか鑑賞できませんでしたが・・・そんな中でも今月はこの作品。

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今月もなかなか鑑賞できませんでしたが・・・そんな中でも今月はこの作品。
今年2回目、台湾に遊びに行く事にしました。期間は・・・
BSプレミアム プレミアムシネマ 原題:Silent Running
篠栗~直方~北九州ドライブ その38
6月14日(水)
2日目
7:30起床 このホテルは11時チェックアウトなので時間までゆっくりできる。
10:45 チェックアウト ホテルのフロントと立体駐車場が直結しているので便利です。駐車場からは藍島行きの船着き場が見えます。
サイノス仔ちゃんに乗って・・・
出発~!この日の夕方には仕事なので、北九州都市高速~九州自動車道~福岡市都市高速・・・と有料道路をフルに活用する!ルートはこんな感じ↓地図はクリックで拡大
国道199号線~小倉駅北ランプから北九州都市高速に乗る。愛宕JCT~紫川JCTを経由し・・・
八幡ICより九州自動車道へ
トンネルが多い!
若宮~古賀辺りは下り坂でカーブが多く、事故多発地帯なので運転注意!
福岡ICから福岡都市高速に乗り・・・
某ランプで降りる
12:00 自宅到着
玄関の花が綺麗~
帰ると・・・
モカちゃんが・・・
歓迎のセレモニーww
今回、急に思い立って・・・まさかの2週連続の福岡県内のドライブ。このドライブの前日、オートバックスで買ったカーアクセサリーも大活躍で快適!行ったことのない所が多くて以外に楽しめました。
おしまい
篠栗~直方~北九州ドライブ その37
竹乃屋 小倉エキナカ店
立ち飲みスペースがありますが、奥にはちゃんとテーブル席もあります。
生ビール(中)と、お通し。私の天敵、キュウリが~!
とりあえず寿司7種盛り合わせ を食らう・・・
単品で串モノを4種類 1本から注文できるのが良いね~
アサリの酒蒸し
横のテーブルには小倉在住のサラリーマンでしょうか?私と同じ年くらいの先輩リーマンが若手数人に偉そうに先輩風吹かせてました。(笑)最近では職場の人とも飲む機会がないので懐かしいというか面白いというか・・・妙な気分www
お腹いっぱいになって店を出る!
メーテルが寂しそうにしてたので記念に!
小倉駅前(北口)
20:40 ホテルに帰還
風呂に入った後、マッサージを頼む。マッサージを依頼する時、うっかりスマホの電話ボタンを触ってしまって、会社の人に音声を聞かれてしまって大恥www
未明就寝
篠栗~直方~北九州ドライブ その36
18:45 晩飯を食いに外出。小倉駅からほど近いのに・・・
ガラ~ン・・・
人通りがほとんど無い・・・寂しいねぇ~
そんな中、壁面に描かれた謎の潜水夫!
迫力ぅ~!・・・等と思いながら歩いていたら・・・
小倉駅・新幹線口に到着した。
エスカレーターで2階に上がると・・・
いたいた・・・
キャプテンハーロック
星野哲郎
メーテル
この下の駐車場横から新門司港行きの無料シャトルバスが出ていて、神戸・大阪南港行きの阪九フェリーに乗る人達はここから乗ります。
駅舎に入る・・・
ひまわりプラザ
ここからエスカレーターで降りると飲食街です。以前来た時からお店が入れ替わっていて、久留米ラーメン麺屋 吉蔵や、とんこつラーメン 桜吹雪が風に舞う は完全に姿を消していました。
篠栗~直方~北九州ドライブ その35
勝山公園の駐車場に戻り、出発!日帰りも可能でしたが、この日はゆっくり小倉に泊まることにしました。ネットで予約していた・・・
17:45 小倉ベイホテル第一
横に立体駐車場の入り口。
このホテル、1泊3,550円 車の駐車料金が1泊700円で5,000円でもお釣りが来るという大変リーズナブルなホテルでした。
エレベーター前に藍島の石が展示されていました。藍島と言えば・・・今年の3月に行った猫の島 です。このホテルは小倉駅からも徒歩圏内、小倉港の藍島行きの船着き場までも近く、更には北九州キラヴァンツのホームグラウンドである、ミクニワールドスタジアム北九州にも近い抜群の立地にあります。
私が泊まった711号室
ドアを開けてビックリ!
部屋がめちゃくちゃ広い!
テーブル周りはこんな感じ
テレビを見てくつろぐ・・・
ミニ冷蔵庫を始め備品も一通りあります。
風呂もユニットバスではなく・・・
バスタブと洗い場が別れていて、ゆっくり取ってある!
トイレと洗面所も別の場所にあって快適!ビジネスホテルにありがちな圧迫感は全く感じられません。
部屋の眺めは悪かった・・・
ただ、このホテルは小倉港に面しているので部屋によっては海が一望できるでしょう。(多分・・・その分部屋代も高いかも~)
篠栗~直方~北九州ドライブ その33
17:00 せっかく小倉城まで来たのだから・・・
八坂神社も行っておこう!
八坂神社 概要
古くは「こくらのぎおんさん」と呼ばれていた。阪東妻三郎(1943年版)や三船敏郎(1958年版)らが主演した映画『無法松の一生』に登場する小倉祇園太鼓はこの神社の例大祭である。祭は1618年(元和4年)にはじまり、約390年の歴史を有する。現在は、毎年7月の第3土曜日・日曜日に開催されている。なおこの神社は、北九州市およびその周辺地域において、もっとも多くの参拝客でにぎわう神社である。
もともと「祇園社」と呼ばれていたが、1868年(慶応4年)の神仏分離令(廃仏毀釈運動)により、「八坂神社」に改められた。(wikipediaより)
閉門は17時半
やばい!時間があまりないぞ!
一の鳥居の横には・・・
巨大な石があります。
参道の両側には紫陽花が咲き誇っていました。
楼門が見えてきた・・
立派な楼門(正門)です
蘇鉄と石碑 ・・・その横から・・・
小倉城の石垣
利休七哲 三斎の井
利休七哲とは千利休の高弟7人を指す呼称で、三斎とは小倉藩初代藩主、細川忠興のことです。
篠栗~直方~北九州ドライブ その32
完全マナー違反、韓国人団体から逃れ・・・
展示ゾーンへとやって来た。
正面にショーケースに入れられた・・・
ちりめん細工
ちりめん細工の講座もやっているそうです。この先、常設展示~企画展示室になります。撮影禁止マークが所々あったので、カメラをしまう。
常設展示では、「贈る」「味わう」をテーマに日本の伝統的な文化である礼法の歴史について、その起こりから発展、暮らしの中への広がりまでを紹介しています。(リーフレットより抜粋)
そして・・・企画展示室では・・・
「銘仙」とは、大正から昭和にかけて北関東から流行しはじめた絣着物で、斬新なデザインと鮮やかな発色、そして庶民にも手が届く価格帯ということから、西洋文化に憧れる若い女性たちの心をとらえたそうです。
今見ても大胆で斬新なデザインの和服が多数展示されていたほか、銘仙を身にまとった女性がモデルになった大正~昭和初期のポスターなども展示されていました。
中庭
きれいに整えられていた中・・
桔梗がさいていました。
小倉城庭園公式HP 小倉城庭園おしまい
篠栗~直方~北九州ドライブ その31
池の水面に映る書院も・・・
お見事!
鯉ものんびり泳ぐ・・・
橋を渡って再び・・・・
書院を眺める
最後の石橋は水中
書院の向こうに
小倉城天守が見える・・・
非常に静かで落ち着いた雰囲気の場所なんですが・・・何やらゾロゾロと団体客が・・・。あ~!また韓国人の集団だー!一気に静寂は破られ、怒号のような大声が響き渡る。いい加減にしてくれー!
私は逃げるように庭園を去った。
篠栗~直方~北九州ドライブ その30
静かな書院を堪能した後は・・・
庭園を散策
庭園の入口です
池を巡りながらさまざまな景観が楽しめる「池泉回遊式」庭園で、池面が周囲よりかなり低い、いわゆる「のぞき池」となっているのが特徴です。(リーフレットより抜粋)
緑豊かな道を歩く・・・
花も綺麗!
篠栗~直方~北九州ドライブ その29
廊下から庭園を眺めた所 ↓動画はクリックで再生
上段の間
二の間、一の間より一段高くて、畳などの作りも豪華です。更に奥が・・・
上々段の間
(左)一の間の天井 (右)上段の間の天井 やはり細かい装飾が施されています。
丁度レースのカーテンのように外からは見えにくく、中からは外が見えるような作りになっています。
夏場の風通しを良くするための細工だそうです。
池にかけられた橋
2つは実際に渡れるけど
最後の一つは水没してます。
これは、その昔、この池に海の水を引き込んでいた頃の名残で、海水が引潮の時、この端が実際に水面に現れて渡ることができたそうな。
・・・等と解説をしてくれました。
篠栗~直方~北九州ドライブ その28
16:30 久しぶりに小倉城を見学した後は・・・道を挟んだ向かいの
小倉城庭園へ行く
小倉城庭園とは
小倉城の城主、小笠原氏の別邸であった下屋敷(御遊所)跡を復元した大名の庭園と典型的な江戸時代の武家の書院を再現し、それに茶室や展示棟を備えた体験型の文化施設です。(リーフレットより抜粋)
こちらの入場券は300円です。(小倉城・小倉城庭園・松本清張記念館の3施設共通券は700円)
静かなエントランスを歩くと・・・
体験ゾーンの入り口
16:25 残念ながらこの日のお茶席の受付は終了していました。
正面に玄関
ここから書院ゾーンです。
玄関をあがると広間(一番手前が取次の間、奥に二の間、一の間と続きます)があり・・・廊下を進むと庭園が一望できます。
二の間
都心なのに・・・
静かな庭園が広がる
篠栗~直方~北九州ドライブ その27
韓国人団体は嵐のように去って行ってずいぶん静かになった所で、細かいところを見てみる・・・
八坂神社
鯱鉾越しの城内
場内の緑の木々
日本庭園
展望フロアにはアイスの自動販売機があったので食す!私が食べるのに触発されて韓国人女の子グループが真似して買ってたwww アイスを喰って見学終了~!
階段を降りた所にあった・・・
小倉城下の図
ゆるきゃら とらっちゃ
招き猫がいっぱい・・・
虎じゃないのねんwww
通路沿いに
小倉城の歴史パネル展示
通路の突き当りにお土産屋があります。銀河鉄道999のパッケージのレトルトの焼きカレーがあったのですが・・・
値段648円 ボッタクリ高すぎ!
結局何も買わずに出てきました。
篠栗~直方~北九州ドライブ その26
再上階 5階の展望フロアに到着。
ここでも韓国人団体の怒声のような話し声が響き渡る。もう少し落ち着けないものか!
北側 リバーウォーク北九州
お城の真横に・・・
対照的な変わった建物ww
西側 若松区方面
城内の緑が美しい
南側 引き続き城内の緑
その横には北九州市庁舎
東側 市庁舎から日本庭園
篠栗~直方~北九州ドライブ その25
小倉城おもしろ体験ゾーン
アクリルケースに入った
食材
調理場の再現でしょうか・・・
(左)講談師 (右)お殿様の食事の再現
この辺りで・・・アジア系外国人の団体客がドドド~!っと入ってきて一気に騒がしくなる。言葉を聞くと”ニダニダ”言っているので韓国人だ。この韓国人団体が酷い!度を越えた声の大きさは勿論、すれ違いざまぶつかって来ても何もない、見ている前に割り込んできて邪魔をする等・・・私も外国を旅する事が多いので、外国人旅行者には、ある程度寛容であろう・・・と思いますが、これには嫌悪感が露骨に顔に出てしまった。
階段の踊場より
3階へ上がると・・・
武蔵と小次郎
巌流島の展示
こちらの刀剣はレプリカなので撮影OK!
からくりシアター
4階に上がると、ギャラリーがあって
写真パネルの展示「第67回武蔵・小次郎まつり写真展」をやってました。
フロア中央に飾ってあった生け花
篠栗~直方~北九州ドライブ その24
サンタマリア号の模型
順路を進む。途中、刀剣や甲冑、肖像画や書など貴重な所蔵品の展示がありますが、撮影禁止。所々に撮影可のエリアがあります。そんな中の一つ・・・
迎え虎
小倉城が焼失した慶応2年寅年(1866)に因んで雌雄一対で描かれた。こちらは雄の迎え虎。高さ4,7m×幅2,9m
(左)大太鼓 藩政時代に小倉城天守閣の最上階に置かれており、事あるごとに城下の人々に急を告げていたと伝えられているそうです。 (右)忽然と現れる厠(トイレ)
送り虎
こちらは上の迎え虎と対を成す雄の送り虎です。
おりゃ~!
2階に上がると・・・襖があってボタンを押すと小芝居が始まります。
↓動画はクリックで再生
小笠原忠真
(左)左より宮本伊織、大羽蔵之介、小姓 (右)左より小笠原因幡、二木甚右衛門、犬甘外記
(左)小倉祇園太鼓の山車(山鉾) (右)大名かご 実際に乗って記念撮影ができます。
篠栗~直方~北九州ドライブ その23
15:15 市役所の敷地を出ると・・・目の前に
小倉城天守閣
小倉城
慶長7年(1602)細川忠興公が築城した名城、小倉城。当時は「唐造り」と呼ばれ、全国唯一の珍しいものでした。現在の城は昭和34年に在りし日の名城を再建したものです。(リーフレットより)
案内板を眺めながら・・・
石段を登って行く・・・
こちらが天守閣の入り口になります。入り口わきに・・・
響灘の珪化木
木の幹が地層にうずもれて、化石に変わった物を珪化木と呼びます。この珪化木は響灘の海底から引き上げられたものです。今から約4000万年前のものです。木の種類はわかりません。(案内板より)
入り口を入って右に行くと
入場券売り場があります。小倉城・小倉城庭園・松本清張記念館の3施設共通券は700円ですが、私はお城のみ350円でチケットを買う!
小倉の古地図
そしてまず目を引くのは・・・
江戸時代の
小倉城下町のジオラマ 約1500タイの和紙人形で貿易船から見た小倉の城下町の様子を再現。(リーフレットより)
ボタンを押すとお城と小倉の歴史を照明と効果音付きで解説してくれます。
細かい所まで良くできている!
篠栗~直方~北九州ドライブ その22
駐車場方面に歩く・・・
何気に見ると・・・
保険代理店のエアコン室外機の上に・・・何かいる!
こんな廃屋が・・・
普通にあったり・・・
ドギツイ紅色に塗られたビル。飲み屋が入っているけど・・・夜になったら怖くて入るには勇気がいりそう。なんとなく直方と言う町には終末感が漂う(爆)
駐車場の看板
時々粗品を進呈しています。・・・時々って!(爆)
14:00 さて・・・サイノス仔ちゃんに乗り込み、小倉へ移動する事にする。ルートはこんな感じ・・・
↑クリックで拡大
直方駅前から国道200号線~小さな道を経由して国道200号線バイパスを通る。途中でっかいイオンがあった!移動中渋滞にはまりfacebookの実況生中継をやったりしながら・・・
国道211号線~200号線
更に国道3号線に入りJR鹿児島本線 八幡駅を通過した後・・・ふと信号待ちで窓の外を見ると・・・歴史がありそうな・・・
赤煉瓦の建物!
旧百三十銀行キャラリー
北九州市の有形文化財「旧百三十銀行八幡支店」が改修され、「旧百三十銀行ギャラリー」として誕生した。美術展などに利用できるギャラリーになっている。外観は赤煉瓦を使った大正期のモダンな雰囲気を今に残す。築:大正4年12月(福岡県観光情報クロスロードふくおかHPより抜粋)
ナビの指示通り進むと・・・
15:00 小倉城のある勝山公園に到着。勝山公園の地下駐車場に車を止めて・・・
公園を歩くと・・・
北九州市と仁川広域都市、姉妹都市15周年記念のモニュメント「順風」やら
北九州市庁舎の位置測量表
なんかがある・・・
北九州市庁舎
篠栗~直方~北九州ドライブ その21
石炭化学館を出ると左手の蒸気機関車C11-131の裏に・・・
何かある!
サビが浮いてボロボロです。 こりゃいかんな・・・
自走枠
(左)平山第一坑のパネルとロッカーショベル (右)ロードヘッダ
(左)7両編成の救急車 (右)ベンド(パイプを曲げる時の道具)など
記念館の裏の丘には・・・
練習坑道が伸びます
(左)圧縮空気式機関車(エアーロコ) (右)ディーゼル機関車
練習坑道の経緯
この練習坑道は救護隊員の養成訓練、ならびに隊員の練習指導のため、明治四十五年に建設されたもので、建設当時は長さ約十一メートル、断面積二九七平方メートルの坑道であったが練習を更に効率的に行うため、大正十四年に傾斜四○度と二○度の斜坑(木造)と水平坑道(レンガアーチ巻及び鉄筋コンクリート巻)を設け、総延長117,9メートル、断面積3,5平方メートルに改築された。(案内板より抜粋)
この坑道の中に、実際に煙や蒸気を流して温度湿度を調整して実戦さながらの練習訓練が行われたそうな・・・
(左)電気機関車(右)炭車
(左)メタセコイヤ(アケボノスギ)
石炭を割って顕微鏡でのぞいて見ると、大部分が針葉である。これがメタセコイヤで石炭の原木と呼ばれています。原産種は中国の四川省または北米大陸とも言われています。(案内板より)
(右)斜面に伸びる練習坑道
慰霊塔
”炭鉱殉職者の霊を慰めるため、石炭記念館設立を機にこの碑を建てました。”とのプレートがはめ込まれていました。
直方石炭記念館 おしまい
篠栗~直方~北九州ドライブ その20
明治時代の採炭風景が写真パネルで展示されていました。当時は、ほぼ人力で女子供関係なく危険な作業に従事していました。
(左)明治時代に鉱夫達が使っていた履物など(右)照明器具
(左)明治時代はこんな簡単なランプ (右)アセチレン灯火器 そして・・・時代を経て・・・
キャップ・ランプ
この建物自体が直方市指定文化財 筑豊鉱業組合 直方会議所の建物跡なので・・・
壁に立派な暖炉
階段を降りる所の正面に・・・
炭坑節の掛け軸がありました。
本館の見学終了~!続いて更に横にある・・・
石炭化学館へ・・・
石炭と鉄
鉄を作るにはコークスが必要です。コークスは石炭を蒸し焼きにして作ります。石炭がなければ鉄はできません。私達の生活に鉄がなかったら、車や船、飛行機など鉄を使う製品はすべて作れません。コークスや石炭ガスからいろんな化学製品(ナイロン、テトロン、プラスチック、農薬、肥料など)がつくられ、石炭は私達の生活に無くてはならないものです。(入り口案内板より抜粋)
いざ、入館!
小さな倉庫を利用した展示館なので中は狭かった(笑)
入った正面には・・・
様々な石炭塊と、成分別分けられたガラス瓶がズラリと並ぶ・・・
左右壁面にはプラントの模型
単に石炭と言っても化石燃料という側面だけではなく、様々な原材料としても使用されていたのがわかります。
タービンの模型
篠栗~直方~北九州ドライブ その19
階段を登って本館の2階展示室へ・・・
ぱっと見た感じ・・・
地形図やジオラマが目立つ
(左)炭鉱模型 (右)筑豊粕屋炭田模型 こう見たら福岡市の東~東南部にはいくつもの炭坑が集中してあったんだなぁ~・・
(左)大之浦風景 (右)三菱端島炭鉱(軍艦島)
選炭設備模型
選炭とは不純物と石炭を分けること。また、その石炭を種類別に分けるこという。(案内板より)
そしてその横には・・・
また出たな~www
妙に整った端正な顔立ち・・・爽やかな炭鉱マン!(爆)
ガラスケースの中に様々な道具が展示 (左)弁当箱や安全靴など(右)測量機器
(左)図を拡大縮小するペンタグラフなどの機器(右)労働組合の腕章、団結旗、ヘルメットなど
炭鉱で使われた金券
篠栗~直方~北九州ドライブ その18
1階 第二展示場へ・・・
展示中央に個別のガラスケースに入った道具・・・なんだか・・・
物々しい雰囲気
ガスマスクのようです
(左)たい積炭じん速度計(右)自動警報機など・・・
(左)その他の炭じん測定器やテスターなど(右)まるでSF映画に出てきそうな呼吸器 ドレーガー式救命器 1914年 ドイツ製
これが日本最初の救命器だそうです。
バックパックの中には・・・
酸素吸入器 7号型 川崎航空機工業製
続いて企画展示室
パネルの展示です
そんな中・・・
救命器を背負ったスカした野郎が・・・(爆)
爽やかな顔してやがるぜ!www
安全標語がズラリ
ここにも救命器
これは実際、日本で初めて使われた救命器だそうで・・・ドレガー式1907年型ドイツ製
豊国炭鉱(田川郡糸田町)のガス爆発(明治40(1907)年365名死亡)にともない、筑豊石炭鉱業組合が急ぎドイツから3代の救命器を輸入した。使用時間は2時間。石渡信太郎が身につけて11月5日に坑道内にはいり、救命器として日本で初めて使用されたもの。(案内板より抜粋)
石渡信太郎 胸像
篠栗~直方~北九州ドライブ その17
さて、お次は本館です。
石炭記念館
この建物は日本石炭協会の前々身ともいうべき筑豊石炭鉱業組合の直方会議所として明治四十三年八月に建てられたもので、現在石炭にとって最も由緒ある建造物の一つであります。
大正十一年四月には筑豊石炭鉱業組合救護訓練書が設けられ、この場所で本格的な救護訓練も始まり、昭和十三年には石炭抗爆発予防試験所も、ここから発足しました。(案内板より抜粋) 玄関脇には・・・
珪化木
珪化木は石炭層の中にふくまれる木の化石です。日本の古第三紀層(3千万年前~6千万年前)に属する筑豊炭田でも一般に松岩と呼ばれる不燃性の岩石があるが之が珪化木です。
珪化木は石炭層の上・下層の砂岩や頁層のなかにあって強い地圧を受け珪素など侵入によって大木の根元が石化したものです。
この珪化木は宮田町大之浦炭鉱で掘られたものです。(案内板より抜粋)
玄関を入ると・・・
両脇に狛犬
ガラスケースには・・・
巨大な石炭塊
先ずは第一展示室
ガラスケースに・・・
様々な器具が並ぶ
目を引いたのは・・・
(左)ダイナマイトと・・・(右)発破機 これでドッカンドッカンやっていたんでしょうね~
ガラスケース横に箱型の機械
ガスクロマトグラフ
坑内で爆発や火災が発生したときに ガスの種類・濃度を速やかに測定するために使用する。(メタン・一酸化炭素・酸素・二酸化炭素・炭化水素等)(案内板より)
階段横にあった大型の金庫
儲かってたんでしょうなぁ~
篠栗~直方~北九州ドライブ その15
一通り1階を見学した後は・・
2階へ・・・
ズラリと並んだ絵画
山近剛太郎氏の作品
近代的な装備で掘っているところから・・・
手掘りをしていた頃の様子まで・・・
描かれています。
山近剛太郎(1902-1990) 旧宮若町吉川出身
中学時代は絵が得意で、美術学校に進むか、理系に進むか悩んだ。
岩屋炭坑にいた頃、九州の創元会の中心作家であった手島貢(M33~S49)が主宰している福岡の画塾に通った。炭鉱の絵を本格的に描き始めたのは昭和45年、日本石炭協会九州支部から、直方市の石炭記念館に飾る炭鉱画の依頼を受けてから。(案内板より)
様々な資料が並びます
そして・・・日本で初めてユネスコ世界記憶遺産の登録を受けた山本作兵衛氏の原画が8枚展示してあった。
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原則撮影禁止だったので↓イメージに残ったものに近い作品をネット上から拾ってきました。
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素朴なタッチながら、細かいところまでよく描かれており、特に漆黒の闇を照らすランプの明かりの黄色などは、さすが炭鉱労働者でしか知り得ない感性で彩色された鮮やかな黄色で塗られていた。装備などのスケッチは当時の炭鉱を知る上での資料的な価値を持っている。
普通の照明の下で展示されていたのですが、このままだと色焼けや色褪せしないか少し心配になった。
その横に大きな油絵
志免炭鉱とボタ山 う~ん・・・ここにも我が家の近所、志免炭鉱が出てくるか!
絵画と並んで・・・
機材も展示
その向かいには・・・炭鉱絵師 井上為次郎氏の作品
井上為次郎 明治31(1898)~昭和45(1970)年
日本で最初に炭鉱画を描き始めた絵師で、晩年はリウマチで不自由な手で描いていたそうです。明治時代の炭鉱の様子や風俗が描かれており・・・当時、男も女も、大人も子供も関係なく体一つで煤に塗れながら労働し、日本の近代化の基礎を支えた姿を見ることができました。
篠栗~直方~北九州ドライブ その14
壁面には様々な観測装置や、石炭の分析機器が並ぶ。
巨大で鋭い刃がついた・・・
ジブ・カッター
別名:チェーン式コールカッター
ジブカッターの上にあった写真。あ!これは、ここへ来るときに通った志免にあった縦抗櫓だ!これは・・・いつかじっくり見学に行かねば!
水力採炭機
高圧で水を吹き付けて石炭を掘っていたんですね!
大きな機器が並ぶ・・・
ガラスケースには測量機器
小型巻上機
(左)懐中電灯(右)石炭ストーブ
ポンプなど・・・
こちらもポンプ
掘り進めると地下水が出てくるので、水の汲み上げにはポンプが欠かせなかったのでしょうね。
篠栗~直方~北九州ドライブ その13
その向かいにも
機関車と炭鉱夫のモニュメントが・・・
モニュメントの脇には・・・
紫陽花が綺麗に咲いています
C11-131蒸気機関車
この機関車は昭和13年2月22日 日本車輌株式会社で制作され、同16年まで日豊、松浦、唐津の各線で旅客列車を引っ張っていました。その後は、同45年までの約30年間を当筑豊地区で石炭輸送のために活躍してまいりました。この機関車が誕生以来33年間走りつづけた距離は130万キロにも及び、これは地球を約32周した計算になります。(案内板より)
その後ろに繋がれているのはセム1号車という石炭車だそうです。せっかくの歴史ある蒸気機関車と石炭車ですが・・・
雨曝しで劣化は否めない
左が別館(アネックス) 右が本館です。別館の受付で入館料100円を払って・・・いざ入館!入館時、写真撮影の可否を確認した所「基本撮影は良いのですが、別館2階に展示してある山本作兵衛氏の原画だけは遠慮してほしい」との事。しかし、「そう言っても我々は1階にいますからね~(笑)」と勝手に撮る分には黙認するようなことを言っていたので・・・「いえいえマナーは守ります」と言って展示の見学に入った。
1階の展示室はこんな感じ
(左)石炭の塊 右の白いのは”世界一の白さを誇る香春岳の寒水石(石灰石)” (右)切り出し場の再現
日本一の石炭塊
昭和40年10月に嘉穂炭鉱 上穂波鉱の5尺層より掘り出された石炭で、重さは約2トンにもなるそうです。
様々な石炭のサンプルが並びます。
篠栗~直方~北九州ドライブ その12
12:50 一旦通りに出て
もう一つ鳥居発見!
直方石炭記念館の入り口です。前回のドライブでは休館日だったので見学を諦めた場所です。
こちらも年季の入った狛犬さん!
鳥居をくぐって・・・長い階段を登り・・・
筑豊本線を渡ると・・・
奉納された石灯籠やモニュメントが並び・・・
敷地に入る
直方石炭記念館
旧筑豊石炭鉱業組合直方会議所【経済産業省認定 近代化産業遺産】
筑豊炭田は明治の初めから約100年間で約8億トンの石炭を掘り出し、日本の産業の発展や近代化に尽くしてきました。筑豊の炭鉱が少なくなった昭和46年(1971)7月「炭鉱の歴史」を後世に伝えるために直方石炭記念館が開設されました。(案内板より抜粋)
記念館の建物は明治43年(1919)に建てられ、直方市の指定文化財だそうです。
直方救助訓練所之跡の碑
トンネルのモニュメント
目を引くのは・・・
蒸気機関車
ふるさとのヤマを走った蒸気機関車
大正14年鞍手郡宮田町貝島大之浦炭鉱が資材運搬のためドイツから輸入した炭鉱専用の蒸気機関車です。その後、昭和51年8月の閉山まで52年間炭鉱と共に風雪に耐えながら走りつづけたコッペル32号とロト22号の石炭車です。(案内板より)
スチームパンク感がたまりません!
思わず自撮り!
角度を変えて・・・
篠栗~直方~北九州ドライブ その9
次の場所は・・・直方の某博物館。前回、中間~平尾台のドライブの際、候補にあがったものの休館日だったので諦めた場所です。遠賀川水辺館から車で5分、場所はすぐわかったのですが、駐車場が無い!
12:15 仕方がないので近くのコインパーキングに車を止めて・・・
歩くと・・・
神社発見!
予定には無かったけどせっかくなので寄って見る事にした。神社の名前は・・・
多賀神社
調べてみると・・・
多賀神社
黒田直方藩5万石の鎮守として、元禄4年(1691年)に創建。長寿・魔除けの神様として信仰されている。毎年秋に開催される多賀神社秋季大祭では、江戸時代より伝わる「日若踊」(福岡県指定無形文化財)が奉納される。この神社の祭りについては、昭和初期に活躍した作家・林芙美子の代表作「放浪記」にも詳しく描かれている。(福岡県観光情報クロスロードふくおかより)
・・・とありますが・・・
この神社の創建年代等については不詳であるが、平安時代にはあったという。元禄5年(1692年)に妙見神社から社名を改めた。(wikipediaより)
かなり歴史のある神社のようです。
長い階段をのぼり・・・JR筑豊本線を超えると・・・
狛犬がいて・・・
更に階段を登る。ひぇ~
登りきると・・・
広い参道が伸びる
こちらにも立派な狛犬さん!歩くと・・・
楼門が見えてきた!
楼門の手前に馬・・・
多賀神社と馬の銅像
多賀神社は直方城下町の鎮守で、歴代藩主の信仰が篤かった。もとは妙見宮として現在地の北の山上にあったが、藩主長清の居館建設のため、1691(元禄4)年、現在地に移った。このとき社殿は整備され、神名も多賀神社の古名にあらためた。一の鳥居は長清が寄進したもので、名は儒学者貝原信篤(益軒)による。拝殿の両脇には清永の子でのちに福岡藩主になった継高が寄進した石灯籠がある。
くだって1915(大正4)年、林芙美子の一家が直方の木賃宿で暮らしていたとき、母親は多賀神社の近くで、バナナの露天商をしていた。その間、芙美子は多賀神社へ遊びに行き、境内の馬の銅像に「いい事がありますように」と願いをかけた。と「放浪記」に書いている。(案内板より)
そして・・・牛も~も~
その横に・・・
手水舎
篠栗~直方~北九州ドライブ その8
11:50 お腹も膨れたので次の場所へ!事前に直方観光のHPを見ていたらこの近くに遠賀川水辺館なる施設があると言う情報があった。Googleマップで検索すると・・・車で5分圏内。これは行くしかない!という事で・・・
遠賀川方面に出発!
遠賀川の川沿いに出ると・・・広い敷地が広がってオートキャンプ場なんかがあったりする。間もなく遠賀川水辺館到着。
サイノス仔ちゃんを止めて・・・
遠賀川を眺める・・・
なんとものどかな風景
階段をのぼると・・・遠賀川水辺館の建物があった。
遠賀川の河川環境の展示や、遠賀川に棲む魚なんかもいるそうで・・・楽しみなんですが・・・なんか雰囲気がおかしい・・・
正面玄関へ回れだと?
回って見ると・・・
シャッター閉まってる
この日は火曜日なので開いているはずなんだけど・・・何故じゃ~!
↓動画はクリックで再生
篠栗~直方~北九州ドライブ その7
10:50 再び出発!
直方市内に入り・・・
11:20 事前に調べていたラーメン屋に到着!
ラーメン壱番亭 店内に入ると・・・家族経営なのでしょうか?丁寧な口調のおばちゃんが席に案内してくれた。やたら威勢だけが良い最近のラーメンチェーン店とは一味違う家庭的な雰囲気。そして驚いたのは・・・ラーメンの値段!
ラーメン定食A(580円税込)を注文!これ博多駅近くのチェーン店だったら余裕で1,000円近く取られるぞ!注文時、普通麺・細麺・極細麺から麺の太さを選べます。私は普通麺を注文しました。
先ずラーメンが来た!チャーシュー、ネギ、モヤシ、キクラゲ、ノリ、玉子が入っています。これを単品で注文すると460円ってホント良心的だ!
お味の方は、やや濃いめの博多ラーメンに近い豚骨スープで美味しい!そして・・・
A定食に付いてくる餃子
これもパリパリの羽根つき皮に中身はジューシー・・・文句なし!
支払いの時「お口直しに飴をどうぞ~」って至れり尽くせり。今や福岡の街では絶滅してしまったアットホームなサービスに、心もお腹も満たされました!
篠栗~直方~北九州ドライブ その6
小一時間、仏教のワンダーランドを堪能して・・・
10:25 南蔵門を出発
日頃、八木山バイパスを使う事が多いのですが、今回は国道201号線を通って八木山峠を越えることにした。
しばらくヘアピンカーブを攻めると・・・間もなく飯塚市内に入り・・・ちょっとした休憩所がある。
サイノス仔ちゃんを止め・・・
風景を眺める・・・
ここから見えるのは遠くの山並みのみ・・・ここから数分の所に・・・
八木山展望台があった!
展望台の一番目立つ所に・・・
しあわせの鐘
そして・・・そこから見える・・・
八木山展望台からの眺め
遠くに直方市内を一望
隅っこに・・・
明治百年記念のモニュメント
よくわからない歌碑と飯塚市内の観光案内
更に進む
篠栗~直方~北九州ドライブ その5
トンネルを抜けると・・・
またまた祠があって・・・大黒様や・・・
曼荼羅なんかがあります。
(左)三鈷の松 弘法大師が中国から帰国のとき、日本の地に加羅建設の浄土を求め、空中に投げ上げた三鈷が、この松にかかった言う伝説によるもの。(案内板より抜粋) (右)可愛い小坊主の石像なんかもあります。
この先、崖っぷちに作られた歩道を歩いて長い階段を登ると・・・
見えてきました・・・
巨大涅槃仏像
巨大涅槃仏はバンコクのワット・ポーやアユタヤのワット・ロカヤスタにありますが、ブロンズ像の涅槃仏では世界最大だそうです。(全長41m 高さ11m)
ほんとデッカイ!
思わず自撮りww
足の裏は仏足と言って礼拝の対象です。タイのお寺でも色んな所で見かけますね。
穏やかな表情です。
↓動画はクリックで再生
涅槃仏の足元に売店があって、お守りなどを売っているのですが、その横に俵投げおみくじなるものがあります。
ここでもやる奴いるんだね~
来た道を戻ると池があって・・・どじょうからのお願いがありました。そう言えばタイでもこんなニュースがありました・・・
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コイン飲み込んだウミガメ、血液中毒で死ぬ 900枚取り除く手術後に
観光客が池に投げ入れたコインを飲み込んだウミガメが、タイの大学病院で2回目の手術を受けた後に、血液中毒で死んだ。体内から、900枚以上のコインを取り除いたばかりだった。
BBCによると、25歳でメスのウミガメは、動きがおかしかったので獣医師に診てもらったところ、体内に大量のコインがあることが分かった。1回目の手術は成功したが、3月19日に行った再手術後に昏睡状態に陥り、21日に死んだことが確認された。
ウミガメは、貯金箱を意味する「Omsin」と呼ばれ、過去に住んでいた池で、観光客が幸運を祈って投げ込んだコインを飲み込んだとみられている。
1回目の手術では、約7時間をかけ、900枚以上のコインを取り除いた。術後の経過は安定していたが、しばらくして血液中毒を発症し、再手術の甲斐なく死に至った。
手術を担当した医師らは、コインを取り除いた後に胃にできたスペースが、腸内の血流を妨げた可能性があると指摘。さらに急性の腸内感染を起こし、致命傷となったという。
手術チームを率いたナンタリカ医師は、AP通信の取材に対し、「ウミガメは死ぬ前に、自由に泳ぎ、好きなものを食べる機会があった」と話した。
この騒動は、海外メディアの注目を集め、広く報道された。この事故を教訓として、池にコインを投げ込む習慣が少なくなるよう願う声が広がっていると、BBCが報じた。 投稿日: 2017年03月22日 10時46分 JST (The Huffington Post より)
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(左)JR城戸南蔵門駅の駐車場 (右)道路沿いにある南蔵門の駐車場
階段を降りて車に戻る。
篠栗~直方~北九州ドライブ その3
引き寄せられるように
奥へ進むと・・・
巨大な不動明王像が・・・
物凄い顔で睨んでいます。
迫力!
足元にはうじゃうじゃと・・・
奉納された石像が・・・
不動明王様の向かいには・・・
お百度参りができるようになっています。
像の向かいに一本の杉の木
雷神様が彫ってあります。
昔、この杉の木に雷が落ちたそうで、被雷した木には神様が宿ると言われ数珠や仏像を彫るのに最高の木だと言われているそうです。仏師の協力により、雷神様を彫ったとのこと・・・
更に階段を上る・・・
マイナスイオン、ビンビンの中・・・至る所にお地蔵様や不動明王様がいらっしゃいます。
登りきった所にある穴には・・
(左)龍の手水舎と・・(右)やっぱり祠
篠栗~直方~北九州ドライブ その2
9:20 南蔵院
以前来たときは(2013年)JR篠栗線でのんびりとやって来ました。JR城戸南蔵院前駅に通じる道に入り口があります。横には小川が流れていて水の音が響いています・・・
灯籠が並ぶ石段を登る
南蔵院とは・・・
南蔵院は篠栗四国霊場の総本寺で、高野山真言宗の別格本山でもある。明治19年、廃仏毀釈のあおりを受け、県令によって霊場廃棄命令が出されたが、地元の人々の嘆願の結果、明治32年9月に高野山より南蔵院を招致することで霊場の存続が認められた。
移転とともに篠栗にやってきた林覚運第二十一世住職の熱心な布教と、地元の人々の熱意により、今では日本三大新四国霊場のひとつに数えられるようになった。南蔵院には年間120万人の方々がおまいりされるほど広く信仰されている。(篠栗町観光協会HPより抜粋)
小さな祠があります。
南蔵院の敷地にはこのような祠や沢山のお地蔵様があります。
正面に階段が・・・
階段の両脇には、お腹の辺り妙に親近感が湧く像が2体・・・
脇には梟の像・・・
(左)その横には祠 (右)お地蔵様
所々に不動明王様がいます。
(左)招き猫がいたり・・・(右)橋を渡ると・・・
仲良しのお地蔵様
岩穴を進んでいく・・・
去る6月13日(火)懲りもせず篠栗~直方~北九州へドライブに行ってきました。
前日(12日)オートバックスでカーアクセサリーを買って車に取り付け、前週、行きそびれた場所をチェックしていたら・・・妙に出かけたくなってドライブを決行!いつも通りモカちゃんに出発のご挨拶。行ってきま~す!
<行ってらっしゃぁ~い!
8:30 出発
筑豊へ行く途中何か無かったかな~と思っていたら・・・そうだ!篠栗に南蔵院があった!久しぶりに行ってみよう!と言う事で・・・とりあえず南蔵院を目指す。
↑地図はクリックで拡大
外環状線の下を走り・・・
県道24号~91号線 志免町から篠栗町を目指す。信号待ちで見えた・・・
志免町にある
旧志免鉱業所縦抗櫓 この周辺にはボタ山なんかもあって、かつての炭鉱の町を偲ばせます。この縦抗櫓は国の重要文化財に指定されていますが、遠くからしか見たことないので一度近くから見てみたい。
県道543号から
県道607号線を通り・・・
9:15到着
道路脇の無料駐車場につける。
今日は午前中から病院へ行きました。・・・と言うのも今年の春の健康診断の結果”要二次検査”が数項目出てしまい、会社の命令で行かざるを得なくなってしまったからです。
全く乗り気ではないまま・・・予約した博多区のSく病院へ出かける。その病院は間口は狭いんですが、玄関左横に駐車場のゲートがあり、中へ入ると・・・これまたでっかい駐車場がありました。その隅に・・・
小さなお地蔵さん
来週の週末、タイのホアヒンで催されるインターナショナル・ジャズ・フェスティバルに私の幼馴染が出演しまーす!
幼馴染の安部潤くんは今週デンマークのコペンハーゲンでレコーディングの後、タイ入りしてジャズフェス参加のようで・・・他にも今年LIVEを見に行った天才少女ドラマー川口千里ちゃんや、新進気鋭の女性サックスプレーヤー中園亜美ちゃん他、タイポップスファンにはお馴染みのKOH MR.SAXMANさんなど日本人勢も続々登場のようです。
私も、タイへ行く良い口実になるので(笑)見に行きたかったんですが、何せ公表されたのが先月の東京タイフェスの後・・・あまりにも時間がなさすぎて準備できませんでした。^^;
詳しくはタイ政府観光庁HPにて
場所: センターラ・グランド・ビーチ・リゾート&ヴィラ・ホアヒン前 ホアヒン・ビーチにて
日時: 6月24日(土)~25日(日)18:00~
※料金は無料ですが、ステージを鑑賞されたい方は早めの到着をおすすめします。
<ドライブ記、執筆中
BSプレミアム プレミアムシネマ
<帰ってきました~♪
気晴らしに・・・
BSプレミアム プレミアムシネマ
今日はタイのアイドル・ユニット、中国娃娃(China Dolls)のHwa Hwaの誕生日です!
<お誕生日おめでとう~!
↑じぇにちゃんの結婚式にて
そんなHwa Hwaは先週金曜日・・・バンコクにて、いつもの仲良しメンバーで誕生会をやっていました。
そして・・・誕生会が終了直後、中国娃娃(China Dolls)のもう一人・・・Bellは家族そろって日本へやって来たようです。
Welcome to Japan
2006年の東京でのLIVE以来の来日になりますね。今回はNinjyaくんも一緒で微笑ましい!福岡から近かったら会いに行きたかったんですが・・・
近々新曲を出すような事も言っていたし、Bellちんは第二子がお腹の中にいるし・・・今後もなにかと忙しくなりそうな中国娃娃のお二人!応援してます!!
飯塚市を通過。この辺りは山道ですが道路が整備されていて・・・
非常に走りやすい!
中間~平尾台 ドライブ その16
一旦、行橋市へ入ってスマートフォンのナビに目的地を福岡市内の自宅にした。もちろん高速道路、有料道路は使わず、一般道をちんたら帰ることにした。出たルートがこちら・・・
↑クリックで拡大
国道202号線をひたすら走る
長いトンネルを抜けると・・・
道の駅の案内があった!
15:25 ちょっと休憩していこう!
道の駅 香春(かわら)わぎえの里 物産直売所で、新茶とコーヒーを購入!入口近くに小さな飲食コーナーがありましたが・・・こちらも月曜定休のようでシャッターが降りていました。
唯一、ソフトクリームスタンドが開いていたので・・・
石炭ミックスソフトクリーム
300円を購入!石炭を表した黒い部分はビターチョコレートで、一口ほおばると・・・バニラクリームとミックスされておいすぃ~!しかし・・・注意しなければならないのは・・・油断すると口の周りに石炭部分がついて・・・
コントの泥棒の様な顔になってしまいます
私は車に戻って、ルームミラーで自分の顔を見て”コントの泥棒状態”になっているのに気がついた!(笑)
15:40 出発
さすが筑豊・・・道をまたいでセメント工場のベルトコンベアがある!
なんてことない郊外の道・・・
軽快に走る・・・
つづく
中間~平尾台 ドライブ その15
本当だったらここで、平尾台自然センターへ行きたかったのですが、この日は月曜日で休館日・・・かと言って鍾乳洞へ入る気力も体力も無かった。ナビの目的地を自宅にすると、来た道を戻るようなコースを取ったので、とりあえず行橋市まで行くことにした。
駐車場を出てすぐは・・・
緩やかな道が続く
しばらく走っていると・・・
ヘアピンカーブが出てきて・・・
だんだん走りにくくなってきた!同じカルスト台地、山口県秋吉台は、かなり長い区間、草原が広がっていましたが、ここはあっという間に下りの山道・・・
山道を下ると・・・
田園風景が広がる
遠くにさっきまでいた平尾台の山々が見える。そのままナビの指示通りに走ると・・・
正面に高速道路出現!
あれは、まだ走ったことのない東九州道だ!
中間~平尾台 ドライブ その14
この平尾台自然の郷は平尾台カルスト台地のど真ん中にあるので、至る所に石灰岩がむき出しになっています。
ここにもピナクルが!
北展望台を降りると・・・
池があった。
夏になると水遊びができそう。そして広場の中央には石灰岩を使った
モニュメントのようなもの。
しっかし・・・どこにも人がいないなぁ~
広い敷地を巡回するキタポッポも休業状態!
この先、広大な広場があって、そこには子供向けの遊具がちょろっとあるだけ。その先、もう一つ展望台があるようでしたが・・・とても歩いていく気がしない。^^;
レストラン横に・・・
無料休息所がありました。
一休み・・・
中はこんな感じ・・・
(左)平尾台の写真パネル展や(右)キッズルームはわかるけど・・・
空気砲コーナー
謎だ・・・
石窯パン屋も・・・
閉まっていました。レストランは営業していましたが、屋台や軽食コーナー、工房は軒並み閉まっていました。定休日(火曜日)の前日は、いつもこんなのかな?完全に来る日間違ったみたい・・・^^;
とりあえず営業していたお土産屋さんで家族向けの土産物を購入して車に乗る。
14:45 出発!
中間~平尾台 ドライブ その13
歩いていると・・・
モニュメントが!
平尾台自然の郷 オープン五周年記念 平成20年4月20日 とあった。
モニュメント紹介
時間と生命の壮大さ、宇宙と地球というはかりしれないシステムに、驚きと感動を覚え私たちは様々な命の恩恵を受けて生きることに、改めて感謝をし、平尾台の物語『地と大地と天空』が生まれました。 作者 和田我夢
この物語絵本を平尾台自然の郷ショップにて販売中です。(案内板より)・・・って・・・絵本の宣伝やん!(爆)
北展望台へ・・・
平尾台のカルスト台地が
目の前に広がります
展望台によくありがちな、パノラマ写真付きの案内板を見ながら・・・眺めると・・・
羊群原(ようぐんばる)
石灰岩が溶け残って、地表にでてきた様々な形をした岩の柱(ピナクル)が、まるで羊が群れているように点在しています・・・
遠くに見えるのは 馬島
馬島といえば、猫チャレンジ北九州 藍島編で船が立ち寄った小さな島です。こんなところからも見えるんだな~
その横、霞んで見えるのは・・・
北九州市の小倉市街
工場の煙突が見えます。
正面に見えるのは・・・貝殻山
標高472,4m ハイキング感覚で登れるようです。そしてその右上には・・・
天狗岩
その横に見えるのは・・・
行橋市内方面
煙があがっているのは野焼きかな?行橋市街の手前に見えるのが・・・
川ドリーネ
ドリーネと言うのは、石灰岩がゆっくりととかされたすり鉢状の窪地の事だそうです。
見渡してみた動画 ↓動画はクリックで再生
中間~平尾台 ドライブ その12
13:45
平尾台自然の郷 到着
係の人の誘導に従い・・・
駐車料金は普通車 1日300円 それ以外にも細々と注意事項が書いてあります。ここは毎週火曜日が定休日(祝日に重なったら翌日が休み)です。
私は福岡県民でありながら、平尾台は始めてきました!
平尾台と言うのは・・・”平尾台は山口県の秋吉台(あきよしだい)とならぶ日本有数のカルスト台地で、天然記念物・国定公園・県立自然公園に指定 されています。”(平尾台自然の郷 公式HPより)
遠くからウグイスの鳴き声なんかが聞こえてきたりしてのどかです。
駐車場から歩いてエントランスへ・・・
入場は無料!
いざ、入場!
入り口でリーフレットをもらった!
かなり広そうだ!入り口ゲート近くに東屋があって・・・
(左)その一つに素焼きのプレートがびっしり!(右)その中の一つに・・・どこかで見たことのある猫型ロボット!(笑)
月曜だからでしょうか・・・ガラ~ン!
中間~平尾台 ドライブ その11
12:45 次なる場所へ移動 本当はここから直方市石炭記念館へ行くつもりでしたが、この日は月曜、休館日だったので、平尾台まで足を伸ばすことにしました。
田舎道をひた走る!
当然、高速道路や有料道路は使いません。ルートはこんな感じ!
↑クリックで拡大 県道61号線を走り・・・
(左)正面に見えるのは九州自動車道 (右)だんだん山深くなってくる・・・
峠を抜けると・・・
北九州市小倉南区
小倉南ICの近くから国道322号線を走る!
ナビに従い走ると・・・
正面に見えるのは・・・
石灰岩の切出場?
平尾台入口交差点から曲がり県道28号線を進むと再び山道に・・・。この辺り、ロードバイクに乗った人が突然出て来たりするので走行注意!走ること数分・・・
中間~平尾台 ドライブ その10
最近話題の場所と言うのは・・・世界文化遺産 遠賀川水源地ポンプ室のことでした。世界遺産に指定されてから慌てて整備したのでしょうか?
・・・この辺りだけ綺麗ww
(左)錆びついた鉄塔の向こうに(右)ポンプ室が見えてきます。
ユネスコ世界文化遺産 遠賀川水源地ポンプ室 正面から見た姿。残念ながら中は公開されておらず、フェンスの外からの見学になります。
ここは先に訪れた三池炭鉱万田坑とともに明治日本の産業革命遺産として世界文化遺産に指定されました。様々な説明、案内板があります。
明治日本の産業革命遺産 製鉄、製鋼、造船、石炭産業
遠賀川水源ポンプ地は、世界遺産一覧表に記載された明治日本の産業革命遺産の構成資産の一つである。19世紀の半ばに西洋に門戸を閉ざしていた東洋の一国は、海防の危機感により西洋科学に挑戦をし、工業を興すことを国家の大きな目標として、西洋の産業革命の波を受容し、工業立国の土台を築いた。明治日本の産業革命遺産は、1850年代から1910年の日本の重工業(製鉄、製鋼、造船、石炭産業)における大きな変化、国家の質を変えた半世紀の産業化を証言している。(案内板より)
案内板と一緒に撮影!
道路を挟んで・・・遠賀川
この風景も昔と変わらないんだろうなぁ~などと思い車へ戻る。サイノス仔ちゃん
おまたせ~♪
次の場所をナビにセットして・・・
12:45出発
小さな水路沿いに走ると、偶然、遠賀川水源ポンプ場の
裏に出た!
記念に・・・
サイノス仔ちゃんと・・・
記念撮影!!道を挟んだ向かいの水路に・・・
大きな水門!!
中間~平尾台 ドライブ その9
次は・・・最近話題の場所へ向かう。新興住宅街を抜け・・・
アンダーパスを行く!
最近話題の場所へ行くも・・・これまた駐車場が見当たらない!仕方がないので数百メートル離れた場所に、空き地があったので車を止めた。サイノス仔ちゃん・・・
待っててね!
歩いていると・・・
ウェルカム看板
なんか右に変な奴がいるぞ!ww
(左)中間市役所周辺案内板 その右上に・・・(右)中間市公式キャラクター なかっぱ あ奴はなかっぱと言う奴だったのか!
遠賀川沿いに歩くと・・・
消防署の先に・・・
鳥居発見!
これまた歴史がありそうな建物だ・・・
案内板を見ると・・・
福岡県指定文化財(昭和五十八年三月十九日指定 史跡)
堀川の中間唐戸
唐戸とは水門のことです。堀川は遠賀川と洞海湾を結ぶ人工の運河です。十二年の歳月を費やして宝暦十二年(1762)に完成しました。唐戸は堀川川口の水門でした。文化元年(1804)に堀川の川口は上流の楠橋村に変更され、そこにも全く同じ形態の唐戸が設置されました。寿命(じめ)の唐戸です。
遠賀川が増水すると、堀川下流域を水害から守るため、唐戸は閉鎖されます。遠賀川の水勢に耐えることができるように、唐戸は岩盤の地を選んで構築されています。堰戸も天井石の下は表戸と裏戸の二重構造になっています。天井石の上は溢水を防ぐための中戸です。正に独特の構造です。
堀川は開通以来、多くの貢米船や石炭船で賑わいました。殊に明治時代には筑豊の石炭輸送の動脈として、多い年には年間数十万艘の川艜(かわひらたぶね)が堀川を下りました。 中間市教育委員会 (案内板より)
この下が水門です
今は太いパイプが通っていますが、ここで水を調節してたんですね。
更に遠賀川沿いに歩いていると小さな神社が・・・
厳嶋神社
遠賀川を見守るように高台に建っていました。更に歩いて・・・
笹尾川橋を渡ると・・・
ようやく最近話題の場所が見えてきました。
中間~平尾台 ドライブ その7
せっかく中間まで行くのだから・・・と、事前に中間市の観光紹介サイトをチェックしたんですが・・・
これが何もないんだ!(笑)
とりあえず・・・目をつけていた神社へ行くことにする。住宅街の中に忽然と現れる鳥居・・・
11:40 月瀬神社
(右)神社を取り囲むように設けられた水路・・・これには訳がある!
牛も~も~!
手水舎
その先に伸びる長い長い階段
これにも訳がある。
階段の手前に木の枝やら葉っぱが散乱していますが・・・ちょうど剪定作業の真っ最中で、作業中のおじさんが「すみませんね~」と言っていた。
階段の途中のお稲荷さん
登りきった所
その横にある・・・石碑
猫城跡
猫城は、室町時代に麻生氏の端城として築かれたといわれ、その城跡には現在、月瀬八幡宮の社殿があります。
城跡の丘陵は、高さ約20メートルの円錐状で、すそ野には水濠の名残りが見られます。
山鹿城の麻生元重と宗像大宮司氏貞は、数度の合戦に及ぶも決着がつかず、天正6年(1578)、遠賀川の東は麻生領、西は宗像領となります。氏貞は家臣吉田倫行に雑兵150余人をつけ、猫城に配属します。
天正8年5月、豊後の大友氏(立花道雪の説もあり)の司令を受けて、鷹取城主毛利鎮実が攻め込みますが、宗像勢は激戦の末、これを打ち破っています。頂上から、遥かに宗像、鞍手、遠賀が一望され、要塞の地であったことが想像されます。
「猫城」の名の由来は、定かではありませんが、「猫が背を丸めた姿に見える」とか「敵が攻めてくれば高くなり、城より攻め下るときは低くなり、まるで猫のようだ」との言い伝えがあります。 中間市教育委員会 (案内板より)
これが、周囲に設けられた水路と、異常に長い階段の訳です。
中間~平尾台 ドライブ その5
時間は11時過ぎ。今回もラーメン食べ歩きを兼ねていたので、事前に調べていたラーメン屋を目指す。信号待ちの私の目に飛び込んできたのは・・・
河童の像
しかも家族連れ・・・(爆)新手交差点にある河童像です。
来た道を戻り・・・
右手に遠賀川を見ながら走ること数分・・・
11:15 らーめん ゆきむら 到着!
カウンター席に座り普通のラーメンを注文!よく見るとメニューの裏に”裏メニュー”なるものが存在!これはリピートしたくなるアイデアだね~!
ラーメン(550円) ネギ、ノリ、チャーシューと言った至ってシンプル。これにすり胡麻と紅生姜を投入して食す!自家製麺という細麺と、ちょうど私好みの濃い味、こってりんこなスープで非常に美味しかったです!サイドメニューも良心的な価格で、餃子を注文しなかったのを後悔した。また機会があったら食べに行きたいです。
中間~平尾台 ドライブ その4
さらに車を移動して
先の展示を見学する。
ここからは古代への道の展示になります。まず目に飛び込んできたのは・・・
スフィンクスだ~!
スフィンクス
所在地:エジプト、ギザ地区
年代:BC26世紀頃(エジプト第4王朝)
像の説明:顔はカフラー王を現しており、ピラミッドを守護している。また、太陽への信仰から真東に向かっている。
像の大きさ:高さ20m 長さ73m
小オベリクス
所在地:エジプト、ルクソール博物館蔵
年代:BC12世紀頃(エジプト第20王朝)
像の説明:オベリスクはエジプトの記念碑で、ラムセス三世がカルナック神殿の塔門前に一対を捧げたもの。
像の大きさ:高さ96m
↑クリックで拡大
巨石人頭像
所在地:メキシコ、ベラクルス大学人類博物館蔵
年代:BC13世紀頃
像の説明:オルメカの指導者の像ともいわれており、目や鼻はオルメカ人の特徴を表している。
像の大きさ:高さ3m
(左)トルテカの戦士像(右)カレンダーストーン
トルテカの戦士像の説明を記録し損ねたので調べると・・・
AD10世紀後半~11世紀前半に全盛期を迎えたメキシコのトルテカ帝国の遺跡、トゥーラ遺跡のピラミッドBの墓檀上にある柱状の戦士像だそうです。
カレンダーストーン
所在地:メキシコ国立人類学博物館蔵
年代:AD13世紀頃
像の説明:中央の太陽像のまわりに絵文字、記号が刻まれており、アステカ族の宇宙観を現している。
像の大きさ:直径3,6m
サン・アグスティンの鳥像
所在地:コロンビア、サン・アグスティン
年代:不明(AD6世紀頃)
像の説明:サン・アグスティンの遺跡にある鳥の像。この遺跡の文明は現在も謎に包まれている。
像の大きさ:高さ約2m
調べると「ヘビを咥えたワシの石彫」と言う有名なもののようです。
更に歩くと・・・点々とモアイ像が並んでいます!
モアイの群像
所在地:チリ、イースター島
年代:AD13世紀頃~AD17世紀頃
像の説明:モアイは、村の首長の神格化された先祖の像で、村を守護するように村の方を向いて立っている。
像の大きさ:高さ約3,5~4,5m
この像の裏で地元BBAが3人地べたに座り込んで邪魔でした。写りこまないように写真を撮るのに苦労した!
↑クリックで拡大
ポリネシアの女性像
所在地:ポリネシア、ラヴァヴァエ島出土、ゴーギャン美術館出土
年代:不明
像の説明:神秘的な祖先を現した素朴な石像で、現地ではティツィと呼ばれている。
像の大きさ:高さ約3,5~4,5m
モアイの頭像
所在地:チリ、イースター島
年代:AD13世紀~17世紀頃
像の説明:モアイの頭のみの像であるが、実際は胴体の部分が地中にうもれている。火山性凝灰岩でつくられている。
像の大きさ:高さ,1,5m~2,0m(露出部)
このゴツい顔立ちを見たら・・・どうしてもアレを思い出す!
ミクロマン コマンド(笑)
そして最後に控えしは・・・
存在感たっぷり!
アフのモアイ
所在地:チリ、イースター島
年代:AD12世紀~13世紀頃
像の説明:アフと称される祭祀場におかれたモアイで、数トンもある円筒状のプカオ(帽子)を頭の上に載せている。
像の大きさ:高さ10m
この屋根のない博物館は通りに並行して作られた公園の中にあり・・・通りの名もズバリ!
もやい通り
はっきり言って・・・どこにでもある住宅街の小さな公園であるのには変わりませんし、何故ゆえ中間市でスフィンクスやモアイ像なんだ?という疑問も湧く。行ったところで「それがどうした!?」と言われれば返す言葉もありませんが・・・B級観光地好きにはたまらない魅力がありました。(笑)車を止める場所さえあればもう少しゆっくり見れたのに・・・と言うのが心残りです。
屋根のない博物館 おしまい
中間~平尾台 ドライブ その3
更に歩いていると・・・
見たことあるぞ~
ドルハルバン
所在地:大韓民国、済州島
年代:不明
像の説明:村の土神として造られたこの石像は済州島のいたるところに見られる。多孔性の溶岩石で造られている。
像の大きさ:高さ120cm
前漢の石馬像
所在地:中華人民共和国、霍去病将軍の墓
年代:BC1世紀(前漢時代)
像の説明:敵の匈奴を踏みしだいているこの石像は、霍去病が戦いに際し示した沈着と豪勇をしのばせている。
像の大きさ:140cm
霍去病とは・・・
霍 去病(かく きょへい、拼音:Huò Qù-bìng、紀元前140年 - 紀元前117年、Huò Qù-bìng)は、前漢の武帝時代の武将である。
父は、霍仲孺。異母弟は、大司馬大将軍になり、武帝後の政治を取り仕切った霍光。(wikipediaより)・・・とありました。
モエンジョ・ダロの神官王
所在地:パキスタン、モエンジョダロ
年代:BC24~23世紀(インダス文明)
像の説明:儀式衣装と見られるローブをまとっており、目には貝が象嵌されていたとされる神官王の像である。
像の大きさ:高さ等身大
ここでふるさとの道が終了。見学途中、横をパトカーが通ったり・・・落ち着かないので、車を移動して、次のやすらぎの道を見学。
巨大な門
ミケーネの獅子門 これだけ案内板が無くなっていたので知らべてみた。
獅子門[ミケーネ] ししもん[ミケーネ]Portal of the Lionesses,
古代ギリシアのミケーネ城塞の門。前 15世紀頃ギリシア本土に侵入してきたミケーネ人はミケーネの地に城塞を築いた。これはその主門で,一本石の巨石を用い (高さ 3.1m,幅 2.85~3m) ,その正面の 楣 (まぐさ) の上に三角形の巨石 (高さ 2.9m,底辺 3.6m) を置き,中央の柱をはさみ,前脚を柱の基盤に乗せて相対する1対のライオンが浮彫にされている。前 1300年頃制作されたもので,ミケーネ人の堅固な城門を誇示したモニュメントである。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説より)
デロス島のライオン像
所在地:ギリシャ、デロス島
年代:BC7世紀頃(アルカイック期)
像の説明:この像はアポロンが生まれた聖湖を見守る番人のように並んでいる。大理石で造られている。
像の大きさ:高さ2m
更に歩く・・・
オーセールの婦人像
所在地:ギリシャ出土、ルーブル美術館蔵
年代:BC7世紀頃(アルカイック期)
像の説明:礼拝像か奉納者像か不明だが、アルカイック彫刻の最も初期の形式をよく示していると言われている。
像の大きさ:高さ62cm
↑クリックで拡大
歩いていると・・・東屋が・・・
なんとこの東屋も展示物の一つ!
パルテノン神殿の柱
所在地:ギリシャ、アテネ
年代:BC5世紀
像の説明:守護神、アテナ・パルテノンを祭るドーリア式の柱で、中央部がふくらんだエンタシス様式の典型である。
柱の高さ:高さ10m
ヤム・ネゼーの像
所在地:エジプト・ルクソール博物館蔵
年代:BC18世紀頃(エジプト第18王朝)
像の説明:「ヤム・ネゼー」は当時の伝令官兼倉庫の監督の名前である。御影石でつくられている。
像の大きさ:高さ96cm
(左)ピクチャーストーン
所在地:スウェーデン年代:AD8世紀頃
像の説明:北欧神話の世界で神オーディンのもとへきた騎馬の戦士を侍女が歓迎している様子を表している。
像の大きさ:高さ3m
(右)ピクチャーストーン
所在地:スウェーデン
年代:AD8~9世紀(民族移動時代)
像の説明:キリスト教以前の北欧人の宇宙観を表現しており、渦巻きは太陽の象徴で、周囲に狩猟の絵柄を飾ってある。
像の大きさ:高さ3m
ペルセポリス宮殿の壁画
所在地:イラン、ペルセポリス
年代:BC6~5世紀(アケメネス朝)
像の説明:ダリウス1世が建設した宮殿の東入口の階段の側壁の彫刻。不死隊と呼ばれたエラム人戦士の浮き彫り。
像の大きさ:高さ 約1m
中間~平尾台 ドライブ その2
本日、最初の目的地は、ネットで偶然見つけた屋根のない博物館と言う場所です。
↑クリックで拡大 JR筑豊本線 中間駅からほど近い所で、迷わず見つけられたのですが・・・この「屋根のない博物館」通り沿いに平行に作られた細長い公園の中にあるので、車を止める場所が無い!
10:30 仕方ないので公園脇に車を止めて・・・
いざ 見学スタート!
入り口に案内板
ようこそ 屋根のない博物館へ
この博物館は、世界各地の代表的な石像をえらび、石でレプリカ(複製)を製作し展示しています。それぞれ「ふるさとの道」「やすらぎの道」「古代への道」「もやいの道」の4つのゾーンからなっています。石像を見るだけでなく、自分の手でふれることができます。石像が過ごしてきた時間の経過をじかに感じとり、はるか古代へと旅してください。(案内板より)
入り口に建てられた石碑 右の石碑には・・・
~せつめい~
あなたは 今 太鼓の荒野にたち
そこには 石をつかんで 野獣とたたかう
あなたがいる
やがて あなたは 家族と岩穴に住み
石で斧や刀をつくり 火をおこすだろう
人類の 文化の扉は まさに石によって開かれたのだ
屋根のない博物館(古代石像(モアイ)への誘い)は
あなたを古代へさそい
人生の初心にふれて頂くのである
昭和五十三年 十一月 中間市
・・・とある。昭和53年という事は1978年、40年近く前・・・けっこう昔にできたんだな~
二面石
所在地:奈良県、橘寺境内
年代:AD7世紀(飛鳥時代)
像の説明:人の心の善悪二相を二つの顔で表しており、さらに大きな装置に組み合わされた一部と考えられている。
像の大きさ:124cm
飛鳥石像
所在地:奈良県出土、東京国立博物館所蔵
年代:AD7世紀(飛鳥時代)
像の説明:男女の老人が合体した形をしており、飛鳥の宮廷の庭園で噴水装置として使われていたと思われる。
像の大きさ:高さ176cm
武装石人
所在地:福岡県、石上山古墳(三池郡高田町)
年代:AD6世紀(古墳時代)
像の説明:その時代の武人の姿を表しており、埴輪と共に古墳上に飾りとして用いられた石造彫刻である。
像の大きさ:高さ107cm
↑クリックで拡大
石馬
所在地:福岡県、岩戸山古墳(八女市)
年代:AD6世紀前半(古墳時代)
像の説明:頭部と脚を失ってはいるが、馬具を装着した飾馬の表しており等身大に近い大きさである。
像の大きさ:高さ150cm
首の太さやずっしりとした感じは、日本在来種の馬・・・例えば、対州馬のような馬だったんでしょうね。
扁平石人
所在地:福岡県、岩戸山古墳出土、東京国立博物館所蔵
年代:AD6世紀(古墳時代)
像の説明:この石人の両肩が”奴凧型”なのは、墓への侵入を阻止するためといわれている。
像の大きさ:高さ133cm
展示は・・・
こんな感じです
扁平石人
所在地:福岡県、岩戸山古墳
年代:AD6世紀(古墳時代)
像の説明:埴輪と共に古墳上に飾りとして用いられたものである。阿蘇凝灰岩で作られている。
像の大きさ:高さ147cm
少しでしたが季節の花も咲いていました。
6月5日(月) 大阪旅行から戻って休みと言えば家でゴロゴロ~PCとにらめっこと言うのが続いていたのと、天気予報では翌6日に梅雨に入るということだったので・・・気晴らしに日帰りでドライブへ行ってきました。思えば今年に入って長距離ドライブと言うのは、玉名~荒尾~柳川へ行って以来なので久しぶりだ!
<いってらっしゃ~い!
久々サイノス仔ちゃんに乗って・・・
仕事の合間にシコシコ書いた・・・先日行ったドライブの模様を・・・
明日より公開します>
お暇な方も・・・そうでない方も・・・是非お付き合いください。ww
月曜日、ドライブへ行った時の家族へのお土産・・・
今日、私は梅雨入り前の貴重な休み!福岡では今日まで晴れのち曇り・・・明日から雨の予報が続いています。
懐かしい~!1980年代前半、当時ほとんど商業的に成功していなかった・・・
5月19日・・・どういう訳か気分が悪くなった帰りの大阪駅で、無理矢理買ってきたお土産です。(笑)大阪旅行の際はお馴染みの品。
その名も・・・たこやん
ずいぶん前、広島を旅行してお土産で買ってきて、美味しいかったご当地レトルトカレーですが・・・数年前から九州のスーパーでもよく見かけるようになっていました。
最初に食べた後、BSフジで放送されていた「等々力ベース」などのTV番組で紹介された他、2013年には日経プラスワン「ご当地レトルトカレー」ベスト10という企画で見事1位に輝いております。
ホント久しぶりに食べます!
一口含むと、カレーのスパイシーな風味と牡蠣の風味が鼻腔に広がり、ほど良い中辛のカレーがゴロっと入った牡蠣と共に口に広がります。ソテーオニオン、牛乳、バター、ココナッツで仕上げたと言うだけあって、他の魚介系カレーとは一線を画すまろやかな味です。
10:10すぎ
無事、新大阪駅到着
いっそ、このままトイレに駆け込んで・・・
・・・っと行きたいところでしたが・・・
我慢・・・我慢!
2017年 大阪の旅 その61
5月19日(金) 4日目 今日はこのまま福岡に帰って夕方から仕事・・・
7:30 起床
帰り支度を済ませて出発時間までうだうだ過ごす・・・とチェックアウトしようと思っていた時間の直前・・・急に気分が悪くなった。
本当ならこのまま部屋でゆっくりしたい所ですが、今日は福岡へ帰る日・・・新幹線の時間も決まっているので・・・
9:45 チェックアウト
9:50 西九条駅から大阪環状線に乗り・・・
10:00すぎ大阪駅到着
JR京都線のホームを目指す
遠くに見えるぴちょんちゃんに・・・
お別れを言って・・・
エスカレーターでホームへ・・・
この時点で・・・本当に気分が悪くてなり・・・
喉元にこみあげてくる熱い物を
グッとこらえる!
電車に乗り・・・
淀川を渡る・・・頑張れ!もう少しで新大阪駅だ!!
2017年 大阪の旅 その60
滞在最終日の晩、私は大阪に住む小学時代の同級生でも有る、いそかぜさんと食事をする約束をしていましたが・・・facebookで、この週末に催されるタイフェスティバル2017のゲストが続々大阪入りしている情報が流れていました。
中には”一緒に関空へお迎えに行こう!”というお誘いもありましたが、いそかぜさんとの会食は福岡を出る前から決めていたので、丁重にお断りをしました。せっかくお誘いいただいたのに失礼しました!またいつか、機会があったらご一緒しましょう!
19:50 20時に西九条駅の改札で待ち合わせなのでホテルを出る。昨日、LIVE前に食べたたこ焼き屋が・・・
立ち飲み屋になっていた!
これぞ大阪!福岡では見られない光景です。
間もなく西九条駅到着
いそかぜさんと大阪で会うときは、タイフェスティバル大阪の夕方が多く、待ち合わせ時間には既にベロンベロンに酔っ払っているので、ご迷惑をかけることが多かったのですが・・・今回は大丈夫!・・・と入っても缶ビール数本飲んでいたけど~(爆)
ほぼ時間通り、いそかぜさん登場!ホテルで駅周辺の居酒屋を探したら・・・笑笑があったのでそこへ行くことにした!しかし・・・よく見たら大阪ならではの串揚げ屋とかあって、もう少し下調べしてばよかったと後悔。
(左)笑笑 西九条西口駅前店到着!(右)いそかぜさんのダブルピースも冴えます!ww
とりあえずビールで乾杯!
いそかぜさんは仕事帰りだったんでガッツリ飯を喰っておりましたが、私は既にビールを飲んでいてイマイチお腹は空いていなかったので軽く焼き鳥をつまむ程度で・・・。
カメラを向けると・・・
すかさずダブルピース!ww
毎度恒例、タイの話~今回の旅で・・・LIVEの話やら・・・ついさっき古墳で遭難しかかった話など・・・とりとめのない話にお付き合いいただき感謝!(笑)
〆に餃子をっ食らった!
2時間飲み放題の時間も終わり・・・そのまま帰ることになりました。
またの再会を約束して・・・
未明就寝
3日目終了 つづく
2017年 大阪の旅 その59
古墳の崖から滑り落ちたため、ズボンや靴が泥にまみれた状態で・・・とりあえず現在位置から一番近い阪急電車の駅を目標にして歩く。この周辺は古墳の上に住宅街ができているようで・・・とにかく坂が多くて・・・
運動不足の私には堪える
16:55 そんな中・・・
立派なな楼門に到着
見ると・・・中山寺と書いてある。
中山寺(なかやまでら)は、兵庫県宝塚市にある寺院。
真言宗中山寺派大本山。山号は紫雲山。本尊は十一面観音。西国三十三所第24番札所。
本尊は十一面観世音菩薩であり、インドの勝鬘夫人(しょうまんぶにん)の姿を写した三国伝来の尊像と伝えられる。左右の脇侍も十一面観世音菩薩で、本尊と脇侍をあわせて三十三面となり、西国観音を総摂すると共に法華経に説く観音の三十三権変化身を表象し、真の三十三所巡拝と同じ功徳がえられるという。普段は秘仏となっているが、毎月18日に開扉される。地元では「中山さん」と親しみを込めて呼ばれている。
また、摂津国八十八ヶ所霊場会の本部も、設置されている。(wikipediaより)
ちょうどこの日は5月18日・・・秘仏の公開日だった!・・・もっと前に知っていたら、ここに行くようにしていたのに・・・残念!この楼門の左右には・・・これまた立派な
仁王像
仁王像 復元修復
中山寺山門は正保五年(1648年)徳川家光公により建立されたものです。正保五年と書かれた木札がこの仁王像の胎内にも収められていましたので、山門と同時期に奉安されたことが判明しました。この胎内札には発願者や仏師、塗師、絵師などの名前も書かれていました。
この度、彩色等の痕跡をつぶさに調査し、現代の絵師たちにより今の姿に復元することができました。(案内板より)
なかなか見応えのある境内のようでしたが・・・時間は既に17:00を過ぎている・・・諦めて駅へ向かう。ここから阪急電車 中山観音駅までの道にはお土産屋や茶屋などが並んでいましたが、時間も時間なのでみんな閉まっていました。日中は賑やかなんだろうなぁ~
などと思いながら歩いていたら・・・
(左)中山観音駅 (右)阪急電車に乗り・・・一路梅田へ・・・
梅田駅で下車した後・・・
JR大阪環状線に乗り
・・・西九条駅で降りた・・・
(左)改札前にあった謎のジオラマ(右)さすがUSJに近い駅だけあって広告も派手です。
改札を出て・・・
ここまで来れば一安心
ほんの小一時間前、古墳の藪の中をさまよっていたのを考えると・・・ホットした。
18:05 ホテルに到着
夕陽を眺めながらビールを飲む!
2017年 大阪の旅 その58
皆さんはNHK Eテレの0655 と2355と言う番組をご存知でしょうか?NHK Eテレにて月~金の6:55からの5分間(2355は23:55からの5分間)放送されている帯番組です。
私は ねこのうた、いぬのうた目当てに0655を毎回録画して視聴しているのですが、最近それ以外に気になる歌が放送されているのです。それは・・・
ご当地再発見ソング さらばシリーズ
「さらば高円寺」から始まったシリーズで、”女にフラれた男が、傷心のうちに街をさまよっているうちにご当地を再発見する”と言う ロス・プリモスが歌う甘いムード歌謡です。その中に「さらば宝塚」というのがあって・・・
今回の大阪旅行直前にロケ地を徹底調査!(笑) 何ヶ所か場所が特定できたので行くことにしました。
このロケ地めぐりが宝塚へやって来た目的の一つだったのです!
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宝の塚 と宝塚大劇場前 を訪問しここまで来て、あの場所を外すことはできないだろう。帰りの電車の中で決心をして、売神社布駅で電車を降り・・・Googleマップを頼りに歩く。
16:20 大きな池の横
この通りは巡礼街道と言う
この街道沿いに寺社仏閣が点在するようです。住宅街を抜けてたどり着いたのは・・・
マンションのロータリー
横の公園のフェンスにあった注意書き・・・
間違いないっ!> この場所もロケ地の一つ・・・
「さらば宝塚」のラストを飾る、中山荘園古墳だ!
急な長い階段を・・・
登ると・・・良く分からない。とりあえずマンションの裏を・・・
フェンス沿いに歩くと・・・
またまた長ぁ~い階段が出現!
汗だくで
・・・へとへとになりながら、たどり着いたのは・・・
祠
あれ?MVに出てくる”街を見下ろすような斜面にある石室は?”
祠の横に人が歩いたような・・・枯草が踏み固められた様な跡があったので、とりあえず進んでみるか・・・
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※ここからは急斜面の藪で写真撮影できるような状態では無かったので、ネットに転がっていた私のイメージに残っているような風景を拝借してきました。
こんな感じの藪の中を
ひたすら歩く・・・
多分、古墳の石室なんて見に来る人なんていないんで、こんなに荒れてしまったのだろう・・・とか勝手に思いながら・・・急傾斜の藪の中を登る!登る続けると・・・いよいよ道が無くなってきた!
ヤバイ!
Googleマップで現在位置を確認したら、古墳とは全く関係ない場所にいた。引き返そうとしても・・・どの方向から来たのか?わからない!完全に迷ったぞ!
焦って進むと・・・足を滑らせて急傾斜の下、数メートル落ちてしまった!その目の前にあったのは・・・
蛇の抜け殻・・・ひえぇ~!
時間は16時半 関西は私が暮らす九州より夕暮れが早いので、感覚的に日没が近いような気がしてきた。とにかく、坂を上りきったら何かあるかもしれない・・・
ドロドロになりながら・・・
歩くと・・・急傾斜の頂上付近にたどり着いた。・・・しかし、そこにはフェンスが張ってあった。フェンスの向こう側には家庭菜園。その先に更に丘があって、その向こうに民家の屋根が見えた。(助かったー)
しかし・・・フェンスの出入り口が見当たらない。・・・かと言ってさっきの藪の中には戻れない。意を決してフェンスを越えて(多分)私有地に入った。
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フェンスを越えて・・・私有地に入って見渡すと、民家の横に急な石段があった。
すっ転びながら降りる
どうにか住宅街の道路にでたが・・・私の姿は、息を切らして汗だくの泥まみれ。すれ違う住民から見たら完全に不審者!!最寄りの駅をルート設定して・・トボトボ歩く・・・
「さらば宝塚」のラストを飾る石室の前に立って・・・
宝塚の街を見下ろす事は、ついにできなかった・・・
それにしても、あのまま藪の中で日暮れを迎えていたら・・・と思うとぞっとする。
さらば宝塚 ロケ地探訪記 ぴろQ中山荘園古墳で遭難しかける編 おしまい
2017年 大阪の旅 その57
宝塚大橋から歩くこと数分・・
宝塚南口駅に到着
この駅は阪急電車 今津線の駅です。
改札を抜け・・・
一旦、宝塚駅(宝塚大劇場前)へ行き・・・阪急電車 宝塚線
梅田駅行きに乗り換え
電車に乗って・・・もう一か所気になる場所があるのを思い出した。この先、宝塚なんて滅多な事では来る事は無いだろう・・・
ある場所へ行く決心をしてfacebookとinstagramに謎のメッセージを残し・・・宝塚駅から2つ目の駅
売布神社駅で降りる
売布神社と書いてめふじんじゃと読む。変わった名前ね~。住宅街を目的地を設定したGoogleマップを頼りに・・・
歩く歩く・・・
2017年 大阪の旅 その56
皆さんはNHK Eテレの0655 と2355と言う番組をご存知でしょうか?NHK Eテレにて月~金の6:55からの5分間(2355は23:55からの5分間)放送されている帯番組です。
私は ねこのうた、いぬのうた目当てに0655を毎回録画して視聴しているのですが、最近それ以外に気になる歌が放送されているのです。それは・・・
ご当地再発見ソング さらばシリーズ
「さらば高円寺」から始まったシリーズで、”女にフラれた男が、傷心のうちに街をさまよっているうちにご当地を再発見する”と言う ロス・プリモスが歌う甘いムード歌謡です。その中に「さらば宝塚」というのがあって・・・
今回の大阪旅行直前にロケ地を徹底調査!(笑) 何ヶ所か場所が特定できたので行くことにしました。
このロケ地めぐりが宝塚へやって来た目的の一つだったのです!
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15:20 手塚治虫記念館を見学した後、現在位置~ホテル(ビジネスホテル・アーバンティ西九条)までのルートを検索すると、最寄の駅が阪急 宝塚南口駅を表示した。面白そうだったので歩いていると・・・
彫刻が並んだ橋があった・・・
ん!?これは、ひょっとして・・・さらば宝塚のロケ地?!
そう!!・・・イントロから男がフラれるシーンまでの撮影があった所だ!
イントロ:見つめあう男と女・・・
↑ぴろQ撮影 おぉ!まさにここだ!!
この女優さん可愛い~
↑画像はクリックで拡大
↓ぴろQ撮影
おぉ~!
↓ぴろQ撮影
後ろのマンションが完全に一致!www
この橋の名は・・・
宝塚大橋でした。 この宝塚大橋は”ロケ地探訪”の候補に挙がって無く、歩いていたら見つかるだろう・・・程度に考えていましたが、手塚治虫記念館の帰りのルートを宝塚駅(宝塚大劇場前)で電車乗るルートにしていたら通って無かった。偶然ですが、ロケ地を見つけられてラッキー!
さらば宝塚 ロケ地探訪記 宝塚大橋 編 おしまい
2017年 大阪の旅 その55
2階から1階へ
その下のG階へ・・・
階段の壁面には日本漫画の歴史
降りた所にアトムがいた!思わず2ショット!
その先には・・・ジオラマ”手塚治虫昆虫日記の宝塚” 古き良き時代の宝塚の街の姿が偲ばれます。
ブラックジャックと2ショット!闇の天才外科医は意外と小柄な男だった。(笑)
リボンの騎士のチンク
この下はベンチがあって休息所になっています。その向かいの・・・
壁面
スチームパンクなデザインです!その先にいくと・・・
(右)この中を覗くと・・・(右)キャラが出現するがホログラムなので触れない。
アニメ工房
ここではアニメの製作体験ができるようです。時間が無いのでパス!
壁面にはパラパラアニメ等・・・
アニメーションの原理をわかりやすく解説してあります。突き当りには・・・・
手塚治虫仕事部屋再現
一旦引き返して・・・
チンクの休息ベンチへ戻る
シースルーエレベーターでG階から2階まであがってみた。↓動画はクリックで再生
2017年 大阪の旅 その54
2階へ行くと・・・
正面に情報・アニメ検索機 その左奥には本棚があって手塚作品を自由に読むことが出来ます。
右側壁面に並んだ雑誌の表紙
単行本展示棚 初期の作品の数々・・・
(左)こちらも初期作品(右)ブラックジャック 当時連載していた週刊チャンピオンが出していたチャンピオン・コミックスが懐かしい・・・
(左)バンパイア、どろろ、マグマ大使等・・・週刊サンデーが出していたサンデー・コミックス(右)火の鳥、空気の底など
これこれ!私が小学生の頃、担任の先生の家にこれが全巻あって読破しました!
突き当りにジャングル・カフェ ちょっと休憩しよう!ホットコーヒー309円
ここのキャッシュトレイ
鉄腕アトムが座っていて可愛い!注文を受けて一杯毎にドリップするのでちょっと時間がかかる・・・
ジャングル大帝のカップに入って出てきた。入れたてのコーヒーを味わいながら周囲を見ると・・・ジャングルの・・・
愉快な仲間たちが
沢山いた。 ちなみに「ジャングル大帝」の致命的な設定ミス・・・ライオンはジャングルにはいない!サバンナにいます。
(右)トイレの案内もジャングル!
2階の企画展示室では、現在NHKで放映中のテレビアニメ「アトム・ザ・ビギニング」の展示をやっていました。
残念ながら企画展は撮影不可。様々な設定資料や台本、声優のサインなんかがありました。この作品は、原案が鉄腕アトムで、アトム誕生までの物語が描かれているそうです。まだ見たことはありませんwww
そう言えば・・・ジャングル大帝の設定ミスで思い出したけど、手塚作品で未来を描いた作品数あれど、携帯電話の出現を預言する事はできなかった。未来の世界でも電話は黒電話、受話器にコードが付いていました。
2017年 大阪の旅 その53
(左)メッセンジャー機 小松左京のインタビューが流れていました。 (右)その横にいたレオと記念撮影ww
雑誌の連載などで人気漫画家となっていた手塚氏の次なる野望は・・・
虫プロダクションの設立です。
手塚氏自らデザインした社屋
このスタジオで日本初の本格的連続テレビアニメ「鉄腕アトム」や国産初のカラーテレビアニメ「ジャングル大帝」の他、テレビアニメ黎明期、数々の作品を生み出すことになります。
「鉄腕アトム」ブームの展示
アメリカでは「ASTRO BOY」として放映され、日本製アニメ海外展開のパイオニアとなった。そう言えば2003年ハリウッドで、CGアニメとして長編作品が作られたのも記憶に新しい・・・が・・・1977年アトムの続編(リメイク?)として登場した「ジェッター・マルス」には一切触れられていなかった。(笑)黒歴史なのだろうか?
(左)リボンの騎士のセル画 (右)バンパイヤのスチール 四つん這いになっているのは・・・杉下右京・・・ではなく水谷豊www
おかあさんのむかしむかし
こういった絵本も手掛けていたのですね。
壁面に・・・
手塚治虫漫画年表
2階へ上がる・・・
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